大判例

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東京高等裁判所 昭和51年(う)50号 判決 1976年8月06日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

但し、この裁判の確定した日から二年間、右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人堀内茂夫及び同八巻紀臣連名作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

第一控訴趣意に対する判断

論旨は、いずれも事実誤認の主張であり、要するに、原判示第一の頒布印刷物(以下「本件印刷物」という)の内容は虚偽でなく、仮に一部において事実に相違する点があるとしても、被告人に故意はなく、また、その頒布行為は違法性を欠くものであり、原判示第二の「市を愛する会」も架空の団体ではないから、原判決には以上の諸点につき事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、記録中の関係証拠によれば、原判示第一及び第二の各事実が優に認められるのであつて、当審における事実取調の結果を参酌しても、右認定を左右するに至らず、この点に関する原審の事実認定は当裁判所も是認することができる(なお、原判決の証拠の標目欄中に、鈴木義雄の検察官に対する供述調書とあるのは鈴木義雄の検察事務官に対する供述調書の誤記であり、また、「都留市長富山節三作成の捜査関係事項照会回答書(六通)」とあるうちの三通は、都留市開発公社理事長富山節三作成の捜査関係事項照会回答書の誤記であると、それぞれ認められる)。そこで、以下、各論旨に則して右判断を敷衍し説明を付加する。

一原判示第一の事実について。

1  公職選挙法第二三五条第二項は、当選防害罪の構成要件として、虚偽の事項を公にした罪と事実をゆがめて公にした罪の二類型を規定しているところ、原判示第一の事実、更に遡つて、その訴因は、前者の虚偽の事項を公にした罪ではなく、後者の事実をゆがめて公にした罪を記載したものである。そして、この事実をゆがめるとは、未必的であるにしろ、故意の必要であることはいうまでもないが、これを別とすれば、客観的にみて、虚偽の事実にまでは至らないけれども、或る事実について、その一部をかくしたり逆に虚偽の事実を付加したり、あるいは、粉飾、誇張、潤色したりなどして、選挙民の公正な判断を誤らせる程度に、全体として、事実とはいえない事実を表現することをいうと解するのが相当であるから、本件印刷物の記載内容を検討するにあたつても、検討の主たる対象は、まず、所論指摘の事実の虚偽性にあるのではなく、客観的にみて事実がゆがめられて記載されているか否かにあり、事実の虚偽性はこの検討の一環として付随的に問題とされているに過ぎないというべきである。

2  そこで、右の見地から本件印刷物の記載内容について検討を進める。

(一) 原判示第一の(一)の事項について。

記録中の関係証拠によれば、財団法人都留市開発公社は、大倉電機工業株式会社に対し、同公社が所有する都留市小形山所在の土地などを、うち合計三、二四二坪につき、昭和四五年一一月二〇日、坪単価金一三、〇〇〇円、総額金四、二一五万三、〇〇〇円、代金は右契約の日に二、二一五万三、〇〇〇円、残金二、〇〇〇万円は同四六年三月三〇日、同年九月三〇日、同四七年三月三〇日、同年九月三〇日の四回に分割し各金五〇〇万円あて支払うとの約定で、また、うち合計三、九四〇坪につき、同四七年七月一一日、坪単価二万円、総額金七、八八〇万円、代金は右契約の日に二、二八〇万円、残金五、六〇〇万円は同年一二月二八日と同四八年三月三一日の二回に分割し各金二、八〇〇万円あて支払うとの約定で、それぞれ売り渡したこと、この取引につき当時の都留市長で都留市開発公社理事長の富山節三は都留市議会に相談しなかつたが、法的には右取引は同市議会の協議ないし承認事項ではなかつたこと、右昭和四五年一一月二〇日の契約については、同四七年七月一五日に開催された都留市議会全員協議会において、当時の都留市議会議員であつた被告人らから質疑がなされ、特に被告人から右契約に安い単価、延払いの条件の付されていることは納得できないとの追及がなされたが、この追及に対し富山市長は事実を釈明して出席議員の了承を求めたものの、同市長が平謝りをして解決した事実はなかつたことの各事実を認めることができる。なお、所論引用の原審証人花田宣一の供述によつても、富山市長が平謝りをした事実を窺知することはできない。

そうすると、本件印刷物の記載中、原判示の第一の(一)の各事項は、大倉電機工業株式会社に対する土地売買のうち、昭和四五年一一月二〇日付契約の土地三、二四二坪につき坪単価金一三、〇〇〇円で三年間の延払い条件のあつたこと、この取引につき富山市長が市議会に相談しなかつたこと、この取引が前記市議会全員協議会で問題となり、当時の市議会議員であつた被告人らが質疑などによつて富山市長らの責任を追及したことなどは事実であるけれども、その余の各記載は、明らかに事実に反していると認めざるを得ず、その前後における他の記載部分をも、その表現方法を考慮に入れて、合わせ通読すると、全体として、恰も、大倉電機工業株式会社に対し二回にわたつて売却された土地の全部について、坪単価金一三、〇〇〇円、三年間の延払いの条件が付されており、この取引は都留市議会の承認事項であるのに、富山市長がこれを無視して独断で契約したところ、この事実が後になつて市議会で暴露され、責任を追及された結果、富山市長が非を認めて謝罪したかのような印象を与える趣旨の記載であることが認められるから、客観的にみて事実がゆがめられて記載されていると解するのほかはない。

(二) 原判示第一の(二)の事項について。

記録中の関係証拠によれば、奥秋建設(代表者奥秋恵次)と大信建設(代表者小林信夫市議)の二業者が都留市から請負つた土木建設工事の請負額は、昭和四五年度において、奥秋建設が約一、六八〇万円、大信建設が約二一六万円で、この二業者の年間請負合計額は約一、八九六万円となり、都留市の工事予算総額一億九、六九三万円の一〇パーセント弱に当ること、昭和四六年度において、奥秋建設が約八、七一四万円、大信建設が約二、四八四万円で、この二業者の年間請負合計額は約一億一、一九八万円となり、市の工事予算総額三億一、八七〇万円の三五パーセント強に当ること、昭和四七年度において、奥秋建設が約一億七、二七九万円、大信建設が約五、五三三万円で、この二業者の年間請負合計額は約二億二、八一二万円となり、市の工事予算総額約五億五千万円の四一パーセント強に当ること、市の各年度におけるその余の工事は他の数十業者によつて請負施工されていること、都留市公民館の建設は、所定の手続を経て昭和四九年に入礼の結果、約五億三、〇〇〇万円で奥秋建設が落礼したが、本件印刷物頒布当時は発注の時期に至らず、請負業者も未定であつたことの各事実が認められる。

そうすると、本件印刷物の記載中、原判示の第一の(二)の各記載は、奥秋建設及び大信建設の二業者が都留市の土木建設事業において占める受注高は相当多額で、その割合も逐年増加していること、結果的にみて公民館の建設は奥秋建設が落礼したものであることなどは事実であるけれども、その余の各記載は明らかに事実に反していると認めざるを得ず、その前後における他の記載部分をも、その表現方法を考慮に入れて、合わせ通読すると、恰も、右の二業者が都留市の土木建設工事予算の八割に当る年間七億円の入礼を独占し、公民館建設工事も不明瞭な方法で奥秋建設に決定されているかのような印象を与える趣旨の記載であることが認められるから、これもまた、客観的にみて事実がゆがめられて記載されていると解すべきである。

(三) 原判示第一の(三)の事項について。

右の事項は、うわさであることを示して公表されたものであるが、このような間接的な表現が用いられているほか、「誰が考えても選挙資金が折り込まれての入礼価格であれば当然です。」と付言されているなど、その表現全体の趣旨に照らすと、うわさの内容たる事実についても、これが真実であることを暗示しているとみるべきである。ところで、このような場合における公職選挙法第二三五条二項にいう事実をゆがめるとは、存在するうわさ自体がゆがめられている場合のほか、うわさの存在が事実であるとしても、うわさの内容たる事実がゆがめられている場合の双方を含むと解するのが相当である。そして、本件において、原判示第一の(三)の事項は、恰も、談合、不当入礼、不当土地売買により、四年間に富山市長へ一億円以上のリベートが選挙資金として転り込み、しかも、これら選挙資金が当初から入礼価格に織り込まれている趣旨の記載と認められるところ、これが客観的にみて、すくなくとも、事実がゆがめられているものであることは、被告人も捜査段階以来争わないところであつて、記録中の関係証拠によつて十分に認められる。またうわさ自体についても、記録中の関係証拠によれば、本件印刷物の頒布当時、大筋において原判示第一の(三)のようなうわさのあつたことは否定し難いところであるけれども、これに副う各証拠に照らしても、そのうわさは具体性に欠け、根拠も暖味であり、特にリベートの額が一億円以上といつた明確なうわさまではなかつたことが認められるのであつて(これに反する原審証人佐藤三男の供述は信用できない)、とうてい右(三)の事項を正確に伝えるような内容のものでなかつたことが認められるから、これに被告人の司法警察員(昭和四八年九月二一日付)及び検察官に対する各供述調書の記載を合わせ考えると、右(三)の記載は、右のような具体性に欠け、根拠の暖味なうわさをもとにして、そのうわさ以上の内容のものが付加されたものであると認めるのほかなく、これは、客観的にみて事実がゆがめられて記載されていると解すべきである。

1  故意がないとの主張について。<略>

第二量刑について。

所論、ひいては被告人の原審及び当審における各公判供述にかんがみ、職権をもつて原判決の量刑の当否について検討するに、記録によれば、本件は、原判示のように、現職の市会議員であつた被告人において、市長選挙の立候補予定者である現職市長の再選を妨害する目的で、故意に事実をゆがめた事項を記載した印刷物を、仮空団体を発信人として匿名で四千数百人に対し郵便により頒布し、もつて、選挙民の公正な判断を誤らせようとした犯行であつて、右各犯行の罪質・態様にかんがみれば、その犯情は軽視を許さないものがあり、被告人に懲役一〇月を科し、四年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑も一応首肯できないではない。しかし、たとえば、原判示の大倉電機工業に対する土地売却については、土地価格の高騰が続く折柄、大学グランド用地については時価による取得を余儀なくされながら、他方、証人富山節三の原審公判廷における供述によつても明らかなように、市開発公社は儲けても損をしてもいけないとの方針のもとに、原価主義による評価方法によつて算出した単価で、しかも、一部とはいえ、三年の延払いの条件を付して取引がなされた事実に徴すれば、その見返りとしての大倉電機工業による橋梁建設を考慮に入れても、右取引に疑惑を抱いて市当局を追及し、確証はないにしても、この問題を市民に公表しようとした被告人の心情も理解できないではないなど、本件各犯行の動機において、単なる私情を越えたものがあることは否定し難いこと、その後実施された市長選挙で富山節三が再選され、本件各犯行は選挙の結果に影響を及ぼさなかつたこと、被告人は、本件を争うなかにも、配慮の足らなかつたことを反省しており、もとより前科などなく、正業を営むかたわら長年、市会議員、市議会議長として地方政治に貢献してきたことなどの諸事情を参酌すると、原判決の量刑はいささか重きに失し、これを減軽する余地があるものと認められる。

よつて、刑事訴訟法第三九二条第二項、第三九七条第一項、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実に法令を適用すると、原判示第一の所為は、昭和五〇年法律第六三号附則第四条に則り同法律による改正前の公職選挙法第二三五条第二項、刑法第六〇条に、原判示第二の所為は右公職選挙法第二三五条の五、刑法第六〇条にそれぞれ該当するところ、いずれも所定刑中禁錮刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により重い原判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内において、被告人を禁錮六月に処し、同法第二五条第一項を適用して、この裁判の確定した日から二年間、右刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により原審における訴訟費用を全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(石田一郎 小瀬保郎 南三郎)

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